ご見学者からの手紙
見学で得た手法を授業に取り入れた結果起きた大きな変化とは?
大学で英語を教えていらっしゃる土肥妙子先生。2019年3月にAPU(立命館アジア太平洋大学)で開催した「LinguaFranca English Camp in Tokyo」をご見学されました。その後、見学時に学んだことをご自身のクラスで取り入れてみたところ、授業に大きな変化を実感されたとのこと。お手紙でその変化を共有してくださいましたので、ご紹介します!
これまで「学生たちが目を輝かせ、手が挙がる授業」はまぼろしだった
3月、タクトピアの2日間イングリッシュキャンプを見学させていただいたことで、私の大学での授業に大きなインパクトがあったことをお伝えしたく、この手紙を書いています。
総合大学で英語の授業をするようになって今年で3年目になります。嶋津先生のイングリッシュキャンプに出会うまでの2年間は、「学生たちが目を輝かせて課題に取り組み、軒並み手をあげて発表の機会を求めるような授業」は私の教室ではなかなか実現せず、どうやったら実現されるのかもわからず、困り果てていました。Active learning, peer teaching, student centered learning/teaching が素晴らしいコンセプトであることはわかっています。自分自身が大学院のときに学生の立場で経験した素晴らしいこれらを、今度は教師という立場で行えることになり勇んで授業中にやってみるも、学生達からは鈍い反応しか返ってきません。学生達の目は一向に輝かず、軒並み挙がる手など、まぼろしのままでした。
学期末に行われる学生からの授業評価結果が大学から送られてくると、見るも恐ろしい言葉が並んでいました。(中略)
学生達は手をあげない。教壇からの問いに答えない。テストの成績を上げることだけに情熱を燃やし、英語の時間に消費されるエネルギーは全て、テストの成績、という黒い箱の中に吸い込まれていきます。
授業中に居眠りする学生の姿や、机と膝の間に頭を埋めケータイ画面に心を奪われている学生の姿が目に止まることもありました。
「学生の目が輝き、手が挙がる授業」はどうしたらできるのだろうかと思い悩んだ末に、タクトピアのイングリッシュキャンプに見学を乞うたのが今年の3月です。
沢山のことを学ばせていただきました。
そして学んだことを、教室で実験してみました。
すると実験はスルスルと成功し、実験で得た手応えは回を重ねても変わることなく、現在では定着の段階に入りつつあります。
教室での変化は、数え切れないくらいと言っても良いくらいですが、いくつかに絞って報告させていただきます。
現在の教室の景色は、自分から手をあげる学生達が、ときには一度にクラスの3分の1ほどいることもあります。携帯で授業以外のことをしている学生は、現時点でまだ1人もいません。居眠りをしている学生を先週初めて1人、見つけただけです。
変化1:スピーキング時間を導入し、間違いの指摘をやめたら、学生の顔に変化が
施策:学生の英語の間違いをその都度指摘せず、英語で伝えようとしている内容を汲み取るように
昨年度までの授業は主に日本語で行なっていました。英語の授業であるにも関わらず、学生たちは英語を聞きも話もしないで終わる授業だったのです。それを、今年度は日本語は必要最低限に抑え、あとは全て英語での授業に切りかえました。
意味が伝わっていないと思った時には、英語で指示を出しながら黒板に絵を描き、多くの学生が理解していないと感じられた場合には、解っていそうな学生に日本語通訳をしてもらうように変えました。
また、授業開始後30分間は、スピーキングの練習に充てることにしました。
学生達はその30分間に、1分間のスピーキング練習を3回、3人の違うパートナーと行います。1回目は準備してきた原稿を見て、2回目は原稿から目を離し、3回目は原稿を見る代わりに、相手とアイコンタクトを取りながら話します。そのあと、手をあげてもらい、数人にその話をクラス全体と共有してもらいます。
授業の最初に、英語のみでクラスメイトと会話することにより、残りの時間も学生の気持ちは英語モードが続いていきます。
そこで、昨年度まで私は思い違いをしていたことに気がつきました。
私は、学生達は英語を話すことが苦手だと思っていたのです。ところが、実際にスピーキングのトレーニングを導入してみると、学生達の顔が想像もできなかったくらい輝いているのです。トピックは前の授業時に宿題として与え、学生はパラグラフライティングの形式に従って短い原稿を準備してきます。
準備をしてこない学生は皆無と言っていいくらいです。授業の最初に30分間のスピーキング練習を取り入れるのは、学生の中のアクティブなスイッチをオンにする高い効果がありました。
また、学生が英語を話すとき、以前は間違いが気になりかなり頻繁に訂正を入れていました。けれども、今年度からは間違いの指摘をしないようにしました。
間違いを訂正する代わりに、学生が伝えようとしている内容をできるだけ汲み取るようにしました。学生のほとんどが、日本語直訳的な、意味の通じない英語を話すことに最初は戸惑いましたが、こちらが内容を汲み取る努力をしているうちに、次第に学生達も、正しく意味の伝わる英語を話そうとしていることが感じられるようになりました。意味の通じる英文の検索の仕方を教えたところ、熱心に取り組み始め、全く意味のわからない英語を聞くことも減ってきています。
英語の間違いを教師が指摘するときの弊害は、教師が持っている正しい答えを目指してしまうあまり、学生が自分らしい内容を表現することを犠牲にしてしまうことです。
自主性を育てるには、教師が正しさの刀で学生を切っていくのではないやり方が必要なのだということも感じました。間違いを指摘する代わりに、どうやったら正しい表現を自分の力で探してこられるのかを教える事が必要です。(中略)
変化2:恐怖心やプレッシャーを低減させる、学生が発言しやすい仕組みづくり
学生達が自分の考えをのびのびと発言するための工夫は、この他にも沢山ありました。
施策:教室を安全なスペースに
ご存知のように言語学習場面でのaffective filter(感情が語学学習に与える影響)の存在はよく知られていることです。私はAffective filterを低く抑える対策をとってこなかったことに、イングリッシュキャンプの後、気がついたのです。
人間関係のない人達ばかりいる中で発言することはとても勇気がいりますが、よく知った人達に囲まれて発言するときには緊張も和らぎます。そこで、クラスを3人、または4人のグループにわけ、インフォーマルなスタディグループが作りやすいようにラインのアドレス交換を授業内で行いました。勉強に関してわからないことがあるときにいつでも連絡が取れる仲間がいることは安心感を担保します。
また、学生には授業中に呼ばれたい名前を自分で決めて申告してもらいました。例えば、土肥妙子であればDOIさんと呼ばれたいのか、TAEKOさんと呼ばれたいのかを4月の始めに書いてもらい、申請された通りの名前で呼ぶことにしました。ニックネームで呼ばれたい学生もいて、その場合にはニックネームで呼ぶようにしました。数名ですが、授業中にニックネームで呼ばれる学生がいることで、教室全体の雰囲気が柔らかくなり、発言しやすい環境作りに役立っています。
先に書いた、英語の間違いを指摘しない、というのも安全なスペースを作るための大きな要素になっています。大勢のクラスメートの前で間違いを指摘されないとわかっている、という事だけでも、プレッシャーは半分以下に抑えられます。
学生が発言しやすい仕掛けには、このように沢山の方法があることがわかりました。
変化3:「いま、この瞬間」に意識を活性化させて、能動的に関わる姿勢への変化
けれども、英語に限らず、すべての勉強の取り組みで最も重要視されるのは、「課題をいかに深く学ぶか」ということです。学生の意識が常に課題に向かって、いきいきと心が働いている状態を作ることが、授業では最も大切なことだと言えます。
施策:黙って教師の話を聞いている時間を最小限に
100分間の授業のうち、黒板に向かって一人で黙って椅子に座っている時間をトータルで15分ほどに抑え、その代わりに、立っているか、話しているか、友達の話を聞いているか、そしてそのどれかが組み合わされた状態を作りました。学生たちが何も話さずに座っている時間は、パワーポイントの画面で解説を示される時間と、練習問題の答え合わせをする時間の合計約15分間のみです。まず、授業開始後30分間のスピーキング練習では、席を離れて一列に並びます。列を作る時も英語を使って自分の位置を決めるように設定しました。
How long did you spend on gaming or watching the Internet program last night?
How long did you take from your place to your university?
How long did you spend on your school related work last night?
「前夜ビデオゲームに費やした時間の長さ順」、「大学までの所要時間の長さ順」、「前の日の勉強時間の長さ順」などにしたがって列を作ります。
また、片道2時間かけて通学して来る学生がいるということも意外な発見でした。このように毎回質問を変えることで、列での並び順が変化し、新しいクラスメートと会話練習ができるのも、学生達には新鮮なようです。(中略)
口を動かすのと同時に体を動かすことで、頭と心が活発に動き始める効果の大きさには実際にやってみて驚きました。20分のスピーキング練習、その後、自発的に手をあげてもらいクラスの皆と自分のストーリーを共有する10分間が終わると、最初まだ眠気の冷めない表情で席についていた学生も、すっかり生き生きした表情に変わっています。
発言を募るときはクラス全員が起立した状態から始め、発表者が含まれるグループから着席して行くようにしました。着席するためにはグループの誰かが発言しなければならないので、必然的に発言が促されます。最初はグループ内では一人だった発言者も、最近はグループ内で複数の学生が手をあげるようになってきています。
授業中のほとんどの時間、立ったり座ったり、グループ単位で話しあったりすることで、学生たちが「いま、この瞬間」に意識を活性化させて、能動的に関わる姿勢が現れるのを感じています。
そして次のレベルの変化へ
これらが主な変化ですが、これらの変化から生まれる次のレベルでの変化、というものもあります。
それはクラスが活性化するのに伴って、スピーキング練習で話す内容が次第に自己開示的になってきていることです。
最近扱ったトピックに、「What does failure mean to you?」―自分にとって失敗とは、というテーマがありました。
「失敗とは、やろうとした事に失敗することではなく、何もやらない事」という話をした学生がいます。その学生は、「高校生の時にカナダでホームステイするプログラムが夏休みに行われ、自分は英語に自信がなかったので、行きたいと思ったけれど申し込まずにその夏を過ごした。夏が終わり、カナダで過ごしたクラスメイトが帰ってきたときに、彼らがとても成長していることを感じた。そのとき感じたことは、もし英語を話すことに失敗していても、失敗するという経験から多くのことを学ぶことができただろう、ということだ。今でもホームステイプログラムに参加しなかったことを後悔している。だから、失敗、というのは失敗することではなくて、失敗を恐れて何も挑戦しないことだ、と思う」と話しました。
授業を受ける学生が、自分自身を英語で語り、教科書に書かれた文章から自分の人生に活かせる学びを感じ取っていくことができる授業を展開していきたいと思います。
イングリッシュキャンプの2日間の見学が、大学の、一教室での授業の質を変えつつあることを知っていただきたいと思いました。
2019. 初夏
土肥妙子